2009年4月18日

韓国遠征二日目(暑い暑い暑い)

起きてしばらくグダグダとした後、日焼け止めを塗りまくってホテルを出ました。
朝食をとる店を探しながら周辺の地理を掴もうと歩き回ってみましたが、これがさっぱり分かりません。原因は私自身の方向音痴に加え、手持ちの地図が思いのほか大雑把であり、かつ日本語(もしくは漢字)表記だったこと。韓国は日本以上にクルマ社会のようで道路標識も多いんですけど、その表記のほとんどがハングルもしくはローマ字なんですよねぇ。しまったなあ。

予定では地下鉄で市場に行くつもりでしたが、どうにも地下鉄駅に辿り着けず、かといってタクシーを止める決断もつかず、うろうろと歩き回る内に軽く1時間ほどを費やしてしまいました。ホテル周辺にはやたらと車関係の個人商店が多く、その多くが車の整備やカーアクセサリー販売などに携わっているようでしたが、日本ではあまり見かけない規模の店ばかりで実際閉店しているところも多かったですね。しかし似たような(食べ物屋ではない)店ばかりを眺めていても仕方ありません。諦めてタクシーを呼び止めました。

「光州博物館へ」

これまでの苦労が水のように車はガンガンと飛ばし、エクスプレスなる道を走り抜けてアッサリと博物館に到着しました。入り口でガイドブックにある通り1000wを差し出すと「タダだから!」と紙幣を返されました。えっそうなの?今日は何か記念日なのでしょうか。

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「国立光州博物館」

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「国旗、じゃなく、この赤い木は何だろう」

そもそも光州といえば「光州事件」しか思いつかなかったぐらいですから、そういった資料があるのかと期待していたのですが、貯蔵陳列されているのは古代から近代にかけての石・陶磁器がメインで、そういった政治的資料はゼロでした。これはこれで面白かったですけどね。

陶磁器についての知識はサッパリなんですけど、石→粉びき→白・青磁といった流れを見るうちに、日本の陶磁器のルーツはやはり朝鮮半島なのだなと強く感じました。日本で見たものより大胆な作品が多かったですね。あと興味深かったのは石仏とそして石製のアクセサリー。仏様の顔は日本よりも大ぶりかつ柔和な表情で、そして石製のアクセサリーは現代でも充分に通用するほどファッショナブルなものがたくさんありました。この国は石の文化なんでしょうか(あ、日本はやっぱり木の文化なんじゃないかと)。

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   意味もなくヒコーキ雲

博物館を出て、またしばらく難儀してタクシーを捕まえたのち、今度はバスターミナルへ。今回の旅行ではバスに乗る予定はありませんけど、町の中心の一つではあるようですし、少しは周辺で買物もできるかなという目論見もありました。今はと、とりあえずご飯を・・・。

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言わずと知れた冷麺ですが、お決まりのハサミつきです。キムチはさほどデカくないし、肉もついてない。はてさて何を切るのかと食べ始めたところで気付きました。

・・・麺だ!

噛み切れないうえに長いのですよ。これはゴムか!や、味はたいへん美味しかったのですけどね。てなわけでバシバシと麺を切って食べました。スープの具合も丁度よく、そういえば冷麺を頼んで酢を入れなかったのって初めてかも。付け合せの果物はこの季節ですが、ちゃんと梨でした。

食後、近隣のショッピングセンターに入って(日よけがてらの)キャップを物色したのですが、なんとも微妙なものばかり。食料品コーナーでは海苔コーナーやコチュジャンコーナーの充実っぷりに目を走らせつつも、まだ荷物は増やしたくないよなあと手ぶらで出る羽目になり、無謀にもまた体育館(と思われる)方向にテクテクと歩き始めました。

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「現代」と書かれた団地群

今度は地図通りに地下鉄駅を発見しましたが、いずれにせよ体育館へはタクシーでなければ行けないわけですし、はいはいタクシー!(最初から呼べよ)

「ヨムジュ・・・(体育館て何って言うんだっけ?)ほら、ワールドカップスタジアムの横の!」と地図を運転手さんに見せると「あー、ヨムジュ〇〇〇ね」とご理解いただけた様子。Vリーグの案内にも「ヨムジュ体育館」ではなく、体育館のハングル読みまで書いてほしかったっすね。いやまあ支障はなかったですけど。運転手さんにアンダーパスのマネをしながら「バリボル?」と聞かれましたので、「ネーネー」と答えておきました。広報誌の類にはまったくといっていいほど記事を見かけませんでしたが、けっこう宣伝されてるんでしょうか?

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おーっ、けっこうハデじゃん。
もう少し近寄ってみますと

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Springsもノボリ持ってくればよかったのに

右側にはGSカルテックスのノボリもあったんですが、美人度はヨンギョンさんやソンイさんの居る桃色スパイダースの方が高いかなーという印象でございました。
チケットを引き換えて、いざ会場へ!

    2009041806.jpg ←チケット

 

2009年4月17日

韓国遠征(ハングル国到着)

関空を飛び立ち、二時間かかるかかからぬかの内にソウル仁川国際空港に到着。
その昔、金浦空港に降りた時はキムチの匂いが充満しているのに驚いた記憶がありますが、ここ仁川ではそのようなこともなく、ちょいとヨーロッパ的なまでの大型国際空港でした。ちょっと寂しい気もしますね。と、そんな感慨はよそに荷物をピックアップ後、1万円ばかり換金。13万ウォンか...やっぱ円高なんですねえ。

光州行きの国内線は金浦空港発ですので、地下鉄に乗るべく案内板にしたがって移動。券売機で切符を買うとやたら分厚い電磁カードが出てきました。3,200w(≠250円)でこんなに立派なものを作って元が取れるんでしょうか。「空港に行くなら、これに乗れ」と美人案内嬢に促されるまま、ホームに止まっていた電車に乗車着席。

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EXPRESSは途中駅に止まらず金浦空港まで直行なのだそうで、この値段でこれだと安いよなあ。ゆくゆくは延伸してソウルまで行くのだとか。バス文化の発達した国ですが、電化も進めてるんですね。

30分ほどで金浦空港駅に到着。改札を抜けようとしたところでビービーと引っ掛かりました。どうやらカードを差し込まないと出られないらしい。なるほど、使い回しシステムだからチケットが立派だったんだ。日本よりエコですね。ローカル色まんまんの通路を抜けて空港に入り、アシアナ航空カウンター長蛇の列へと並びました。

やたら横入りする奴が多いなあ(気を付けよう)とか、韓国の人は全員国民カードみたいなものをもってるんだなあとか観察するうちに私の番がやってきて、無事発券完了。さっきの地下鉄とは打って変わって、こちらの搭乗券は荷物のタグかレシートかというような簡素な作り。合理的ですが、無くしそうでこわいです。

出発までは二時間弱。一つ前の便にしときゃ良かったと思いながらウロウロしてみましたが、目ぼしい店はなく、とりあえずご飯でも食べようと食堂に入りました。

あっという間にやってきたソルロンタンのスープを飲んでみると...味薄っ。ああそうか、自分で味付けするんだっけ。塩を入れてキムチ(食べ放題)を放り込むと、なかなかイケる味になりました。つーかキムチが旨い。こういう酸っぱくなるまで発酵したキムチって日本ではあんまりお目にかかれないんで嬉しいですねえ。ご飯とキムチを山盛り食べて勘定を済ませたのち(600円ぐらいだったかな)、お隣のFamilyMartで缶ビール(国産の「CASS」)と水、そしてキシリトールガムを購入。これで300円しないのは安いよなあ。ロビーでぼんやりとビールを飲んでみましたが、味の云々を言う余裕はあまりなく、アルコールでちょっとリラックスできてよかったなという程度でした。

手荷物検査を済ませて歩いていると無料インターネットPCを発見。明日の体育館を一応チェックしておこうとバレーサイトを見ておりますと、おおっ堺のガイチさん勇退!?そもそもガイチさんが監督ということ自体が未だに不思議なのですけれど、海外派遣なのだそうで、これはきっと全日本との絡みなのでしょうね。バレー界は堺を中心に廻ってる?

20:40発の最終便はトラブルもなく光州空港に着陸。いかにも地方ってな閑散とした雰囲気の空港の無人カウンターにて市街地図などを物色したのち、タクシー待ちの列に並びました。どうやら私がラストのようで、地図なんか後回しにしてさっさと並んでおけばよかったと激しく後悔しました。

白タクの客引きを振り払いながらタクシーを待つも...やって来ません。空港の電気が次々と消え行く中、今さら白タクに乗るのはヤだぞと(空港の白タクでロクな目に遭ったことがないので)焦っておりますと、他のお客さんたちが電話をかけまくってくれたおかげで、タクシーが何台かやってきました。あー、でもこれだと私の前の家族で終わりだなあ。ほんとに一人になっちゃうぞと見ていましたら、奥さんが英語で話しかけてこられました。

「私たちはさっき電話で呼んだから、これに乗ってちょうだい」

なんと親切な!
韓国いい国だ!
ありがたく乗せていただきました。助かったー。

ホテルへはタクシーで20分ぐらいでしたかね。運転手さんが「ココだよ」と示した先は怪しげなネオンの瞬く通りでした。チップ込みで700円ばかりお支払いし、大丈夫かいなと不安になりながらフロントに入りますと、中はいたって普通のホテルでありました。廊下が異様に暗いのにはビビりましたけどね、部屋に入ってみると、うわっ広い〜。バスタブありパソコンありでこの値段(一泊2,000円ちょい)。なんか「安い」しか言ってない気がしますけど、やっぱり安いなあ。

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「韓国的色彩」

四苦八苦しながらPCを日本語入力モードに変え、しばしネットを彷徨ったのち就寝。

さてさて明日はどないなりますやら。

 

韓国遠征(つなわたり準備編)

Springsの決勝すなわち日韓戦出場が決まったのは4月5日。
行こっかなーどーしよーかなーと運賃を調べてみれば、これが秋田とほとんど変わらないどころか、昨今のウォン安を勘案すると、むしろ下手な国内遠征より安いんですね。ただ一つの懸念材料は開催地の光州がソウルからバスで3時間余りということだったのですが、これまた調べるとソウル(金浦空港)から国内線が出ていることが判明。決まりじゃん。

安売チケット購入期限ギリギリの10日(金)昼休み、やっとこさ腹を括って仮予約をかけた後、ハナから諦めていたマイレージ特典枠を見てみると、あらま空いてるじゃないですか。帰りの便が早朝なのはキツいものの、これにて往復運賃は無料となりました。めでたしめでたし。

と、その翌日に決勝戦@東京に向かったわけです。ところが...羽田着陸直前でしたかね。ふとエラいことに思い当たりました。

「パスポートの期限いつまでだっけ?」

初海外渡航からの年数を指折り数えると今年3月に切れてる...よなあ。ひゃあっ!初めて韓国が近くて遠い場所なのだということを認識させられた瞬間でした。モノレールの中から慌てて家に電話するもコールはむなしく鳴り続けるばかり。ようやっと捕まえた母から確認の電話が入ったのは三位決定戦の最中でした。

「2010年3月だって」
「...今年って2009年やんね?」

おそらく期限が切れたまま放置していた期間があったんでしょう。謄本を取りに会場近くの区役所へ行くことも考えていただけに(私の本籍は東京なので)心底安堵しましたが、思えばあの日の運はこの時使い果たしていたのかもしれません。

出発二日前:
決勝戦を経てテンションは下がるばかり。チケットが日程変更可能だったこともあり、相当迷いましたが、無理やり気持ちを切り替えてソウル⇔光州の国内線チケットを手配。アシアナ航空に電話してみるとアッサリ予約購入完了してしまいました。便利なもんですねえ。金額は往復1万円弱だそうで、バスだともっと安いのでしょうけど、距離と時間を考えれば充分安いなあ。

出発前日:
海外では飛び込みで泊まることが多いのですが、やはり初日の宿は取っておいた方が無難ですし、今回は友人(初海外旅行)と二日目に合流することになってますから、さすがに宿も決まってないと不安だろうなあと、光州での宿は予約することにしました。韓国はネットが発達していると聞いてタカを括っていたのですが、地方だとHPを持っているホテル自体少ないんですね。安宿のモーテルに至っては予約すら受け付けないそうで...あちゃあ。結局は数少ないツテを辿って電話予約してもらいました。やはり持つべきものは現地の知人です。

当日朝:
会社で最終日の宿泊ホテル予約確認メールを受け取り、いざ出発。ギリギリに見えますが、海外旅行の宿を全部押さえて出かけることの方が珍しいんで、私にしては上出来です。昼休みに会社をそろ〜っと出てコインロッカーで荷物を取り出し、関空行きのバスに乗り込みました。

さてさて、帰国の途まで書き続ける気力が私にあるかどうかは謎ですが、続きます。

 

2009年4月12日

観光敢行

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「東京タワー」

昇ったのは小学生の時以来。
外から見た方が楽しい建物ですが、中からもそれはそれで楽しく、でも次回からは絶対に歩いて降りるのはやめようと思います。

寝不足と疲れがあいまってか、お昼に食べたチキン南蛮が気持ち悪くてならず、まあ結局は出しちゃいまして、だいぶ楽になりました。

と、昨日からここまでのことは改めてごめんなさい。

*****

昨日に続いて再び千駄ヶ谷へ。男子決勝を横目に体育館を通り過ぎ
久しぶりにループウィラー直営店を覗いた後、青山へと向かいました。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク

存在すら知らなかったんですが、いや凄かったの一言です。

暗闇の中をグループ8人で1時間歩き回るというものだったのですが、運営スタッフ、アテンドさんのさりげなさ&ユーモアのレベルが高く、コンセプトにある福祉的な匂いを全く感じさせないという、まさにプロフェッショナルなイベントでした。

目を開けても閉じても視界がまったく変わらない漆黒の空間での1時間。何が起きても絶対に光はつけてもらえず、最初はアワワとなりながらアテンドさん(視覚障害のある方)と白杖だけが頼りでしたが、いろんなものを聴覚、嗅覚、触覚で必死に感じとろうとするうちに暗闇がだんだん楽になってくる感覚は新鮮でした。一緒に歩いた見知らぬ人との間に生まれた連帯感も面白かったですね。

この限られた・恵まれた空間だけで判断するのは危険かもしれませんし、見えることへの感謝の気持ちが大前提ですけれど、見ることや見られることによるストレスや障害というものもあるんだなあと実感させられました。

身体の不自由さを「かわいそう」という感覚だけで捉えることはやはり間違っていますし、こうした機会を得られたことに深く感謝です。

ん〜、東京にはやっぱいろんなものがあるよなあ。

頭の中をごちゃごちゃにしながら帰宅。

 

2009年3月22日

慌日

昨日と同じく温泉後に朝食へ。バイキング形式でしたが、菜の花山盛り&とろろ食べ放題ってのが嬉しいですね。
くつろぐ間もなく部屋に戻って支度してチェックアウト。バタバタとスキー場行きのバスに乗り込みました。やっぱワンシーズンに一度くらいは滑らないとねー。普段着
に限りなく近い格好でスキーをしてきました。

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真ん中に見えるのが田沢湖
山並みも美しかったけれど、カメラを忘れました。ああ無念。

しかし美しい景色とは裏腹に雪質は今ひとつです。湿った雪に板を取られて2回も派手にコケてしまいました。しかもなかなか立ち上がれず、心的ダメージ大。30分近くも休憩した後、何とか気持ちを奮い立たせて再挑戦。リフトとゲレンデのバランスが良いコースを見つけて淡々と滑りました。独りスキーはとにかくケガしないことが第一目標ですからね。

だいぶ膝が柔らかくなってきた辺りでタイムオーバーとなりましたので、リフト券についていたお食事券で購入した生ビールを片手に送迎バンに乗り込みました。場違いですみません。だって飲む時間なかったんだもん。

ホテルに戻り、スケジュールを再考。
予定ではバスで乳頭温泉に行った後バスで田沢湖駅に引き返すつもりでしたが、これだと温泉滞在時間は30分。他に良い方法はないかと時刻表に目を凝らすとジャンボタクシーなるものの存在に気付きました。これだと温泉から空港へ直接連れていってくれる模様です。運賃もちょっと安いし、何より温泉に2時間は滞在出来ます。善は急げと電話で予約も無事完了やったー。心軽くバスで乳頭温泉へ向かいました。けっこうな雪道ですねえ。私が運転したら崖に転落しそうですわ。

最初に到着したのは大釜温泉
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ここはこの乳頭温泉郷でただ一つ硫酸塩泉との事。廃校を利用した建物も湯船も(秋田)杉で作られているようで、なんとも年季が入っています。お湯はいかにも源泉ってな感じで若干刺激的でした。湯温も高く露天風呂なんて確実に43℃以上ありましたね。欲張って浸かりすぎたためか軽く湯あたりしてしまいましたが、なんとか出発。

次は夏に来たいなあと思いながらブナの木生い茂る道を歩き、向かった先は妙の湯温泉です。ここは近代的なお宿で、お風呂も利用者ニーズに立って作られている感じ。さっきより楽な温泉ですなあ。のんびりと浸かりました。

さらに休憩所にはこのようなものが!

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きのこ汁

「ご自由にお召し上がり下さい」との張り紙がありましたので、ご自由にいただきました。空腹に染み渡ります...。

ラストは国民休暇村。
ここはフロントさんの対応が素晴らしく、やっぱり昨晩はここに泊まりたかったなあと改めて後悔。温泉も良かったですよ。田沢湖温泉と乳頭温泉両方の入り比べが出来て面白かったです。個人的には田沢湖のが好きかな。お風呂から急ぎ玄関に戻ると既にジャンボタクシーさんが到着されてました。ギリギリですみません...。

下りの道中はカーブだらけで車酔いしそうになったため、目をつぶっていたら寝てしまい、田沢湖はほとんど見られずでした。あっという間というほどではないですが、つつがなく空港着。荷物を預けてゴハンゴハン!

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わんこ稲庭うどん

美味しかったですよー。具はじゅんさい、山菜、なめこ、とろろ&とんぶり、そして薬味。

売店で土産物なんぞを買い込み、大入り満員の機内へ入りました。アスリートらしき一団と一緒だったのですが、身長からするとサッカー。JFLのチームですかね?皆さん割とお金のかかった格好でしたが、サラリーはいかほどなんでしょ。なんてなゲスな勘繰りをしつつ飛行機は無事に伊丹到着。

やれやれお疲れさまでした。

 

2009年3月21日

後悔先に立たず

ただいま田沢湖温泉にあるホテルで夕食をとっております。
秋田到着以来きりたんぽ3食目。BGMはエンドレスでエンヤ、これはベストアルバムですね。オリノコフロウを聴きながらつつくきりたんぽ鍋はけっこう辛いものがあります。昔の私ならそれなりに受け入れられたはずですが、それもこれも松尾(スズキ)さんの「ファンキー!」のせいで、エンヤを普通に聴けない体になってしまいましたからねぇ。つーか、私もお隣さんが食べてる山芋鍋がよかったなあ。

*****

本日は朝から温泉ふわーっ。やっぱ温泉つきのホテルはいいですねえ。バイキングできりたんぽ他をたっぷりと食べたのち、チェックアウトの時間が遅いのをいいことに部屋でテレビをボーっと見てましたら、地元番組の中でイベントの宣伝が流れました。「東北夢トークセッション2009−秋田から世界へ」ですと。

どうやら秋田から初プロバスケットチームを!との意気込みでbj参入を目指しておられるようで、バスケのことは良く分かりませんが、ここ秋田はバスケ文化の盛んな土地なんですね。そういや能代工も秋田だもんなあ。司会が島本和彦さん、ゲストには河内さんというメンバーも非常に気になりますが、開催日はえーっと今日、しかも試合時間とダダかぶりですやん。ああ残念。
(今チェックしたら日曜日だったんすね。頑張れば行けたなあ)

チェックアウト後、荷物をコインロッカーに預けて秋田市民市場へ。魚介類は買えませんが、まあ見るだけでもね。北海道が近いんやなあと感じる品揃えでしたが、魚よりも筋子を扱う店が多かったですね。秋田の人は筋子好き?
興味深かったのは青果コーナー。どの店でも必ずセリが大量に置いてありますね。関西ではそこまでメジャーな野菜じゃないですが、こちらではきりたんぽ鍋にも必ず入ってましたし、実際よく消費されるんでしょうね。どこかの店で「今日は山セリが入ってるよ」との声が耳に入り、見ると普通のセリよりも少し丈の短いものが籠に盛られていました。セリというのは根っこまでついててなんぼなんだなー。大好物のとんぶりやら多種キノコやら気になるものは多々ありましたが、今日もまた泊まりですので荷物が増えてはと断念。

イトーヨーカドーと西武で昼食を物色し、体育館行きのバスに駆け込みました。

***

試合はストレートで決着。こんなことなら一つ前の新幹線に乗れましたねえ。そしてそれなら今日の宿ももう少し奥地のいい温泉に泊まれたのに!終バス時間の関係でやむなく手前のホテルを取ったものですから、ちょっと残念です・・・。駅近で生中にお付き合いいただき、こまち新幹線にて田沢湖へと向かいました。自由席を求めて歩くも表記が見つからず、あー全席自由なんですねコレ。

1時間ばかりして田沢湖駅に到着。うわやっぱ寒し。終バスに乗り込み、目指すは田沢湖温泉です。けっこう登るんですねえ。ホテルだよとのアナウンスに慌てて下車。

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これならスキーできるかな

無事ホテルに到着し、案内された部屋は・・・あら広い。

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ただ、暖房の効きが今ひとつなようで、これは急げ温泉へ!
あーしばらくぶりの硫黄臭。ちょっと茶みがかってますね。んで湯の花もろもろ。効くんだかなんだかよく分かんないけど堪能しましたよ。

*****

ドラマ「黒部の太陽(前編)」をすっかり全部見てしまい、うつらうつらしながら就寝。

 

2009年3月20日

初・秋田

シーズン開幕前から行こうかなーどうしようかなー、きっとギリギリまで悩んで、そして行くんだろうなあとは思ってたんですが、はたしてそのとおりになりました。
それを見越してというわけではないですが、去年からJALの株主さんになりましたので、今回は株主優待券を使ってのチケット購入です。

が、伊丹空港は満員行列。いくら連休だからってえらい人込みやなーと思っていたら、どうやら予約システムがダウンしてしまった模様。えーっ!今日は珍しく早めに着いてましたから、さほど焦ることはなかったんですが、けっきょく機械も予想より早く復旧し、ひとまずやれやれの出発となりました。

30分ほど遅れて到着した秋田空港からは、車に同乗させていただいて体育館へ連れてっていただきました(ありがとうございます)。それにしても、えらい変わった建物でんなあ。

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らしからぬ外観

キッズエスコートのときに国体キャラのスギッチが登場してましたが、目の部分が開いていないのか、お付きの人に手を引かれての入場でした。自力歩行できないってのはけっこう厳しいですなあ。

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本日は1試合だけでしたので、試合後はすたこらとホテルへ。いやー、日は照っていてもさすがは秋田、寒いっすねえ。ちょっと凍え気味にチェックインを待っていますと、後ろに某チーム関係者のお顔が見えました。「温泉に入りに来た」のだそうな。そう、このホテルには温泉がついてるんですよ。日帰り温泉OKとは知りませんでしたが、チームさんがお泊りのホテルの岩盤浴は高いのだそうで・・・。

てなわけで、とるものもとりあえず温泉へ。さして期待してなかったんですが、これがどうしてなかなかイケてる温泉ではないですか。お湯ヌルヌルだし・・・はぁ、ゴクラク・・・。このホテル、部屋もきれいですし、温泉までついて5,000円未満ってのは秋田だとはいえお買い得すぎますねえ。

*****

一息ついたところで、夕飯へ。やっぱ秋田ならきりたんぽでしょう。しかしお鮨までは独りでOKの私ですが、さすがに鍋物はねえ。てなわけでSpringsファンさんにお付き合いいただき、某有名郷土料理屋さんに行くこととなりました。メニューを見るとけっこうお値段しますねえ。でもきりたんぽはもちろん、しょっつる鍋も一度は食べてみたい・・・では両方お願いします、1人前ずつで。

鍋のお世話をしてくれた秋田美人なお姉さんに地元話を伺いつつ、そういえばとギバちゃんこと柳葉俊郎さんの話を振ってみたところ、見事食いつかれたのが面白かったです。

「ギバちゃんは今でも秋田のそれも田舎に住んでるんで、好感度高いんですよ。テレビでもよく秋田の話をしてくれるし」
「今度、知事選があるんですけど、出てほしかったんですよね」

ギバちゃんが大ヒットドラマ「踊る大捜査線」において秋田出身の設定になっていたことも、むろんご存知でありました。
「『きりたんぽ食べに来い』って言うんですよね」(そうですそうです)

そのきりたんぽ鍋(実物)はどうやらセリがポイントであるらしく、こちらでは根っこまで使うとのことでありました。爽やかで美味しいですよね、セリは。ハフハフときりたんぽを食い、けっこうお腹いっぱいになりますねえ。次はしょっつる鍋ですか。

お姉さんはVリーグが開催されていることもご存知で、「昨日、チームの関係者の人が来られるはずだったんですけど、飛行機が欠航になったとかでキャンセルになっちゃったんですよ」とのこと。はて、どこのチームでしょ?そして「今はどっちかというと春高ですよね」とも。あらら、それまたよくご存知で。秋田は・・・えっと雄物川と・・・秋田北でしたっけ?(合ってました)思い出せた自分エライ(でもその記憶力はできれば別のことに回したい)

そうこうするうちに、しょっつる鍋が出来上がりました。(鍋の後に)おじやは食べられますか?との問いに脊髄反射で「お願いします!」と答えたところ、じゃあダシ少し残しておきますね、とのお答えをいただきました。実際のところお腹いっぱいになりそうだったんですけど、腹の皮はともかく食欲の皮は厚いんで。

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あ、美味しいっすねえ。きりたんぽよりもこちらの方があっさり味わい深い感じ。ハタハタの出汁?しょっつるの味?きりたんぽと順番が逆じゃなくてよかったー。

そして真打「おじや」の登場です。

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えらいまたちょっぴりですねえ(この量が絶妙だったことを後で痛感)

はてさてどんなものかと口にして・・・驚きました。人生ベスト3に入るといっても過言ではない味です。そもそも子どもの頃から鍋料理というものがあまり好きではなかった私ですので、当然のごとくおじやに対してもさして興味がなかったんですが、これはなんとも上品な美味しさといいますか、あっさりしてるのに滋味深く、全体のバランスがものすごく好みです。一気にペロリ。あーもう、このおじやだけで今日の夕飯は大満足ですわ。おかわり三昧。ほかの料理の印象が霞んでしまったのは良かったのかどうか・・・。

店を出た後スタバでコーヒーを飲んで、お疲れ様でした。また明日~。

*****

しばらくネットサーフィンをした後、夜中12時を過ぎてふたたび温泉へ。サウナでおばちゃんが横たわっていたので何事?と思いましたが、単に寝ていただけのようで。しかしよく寝られますね、あんなとこで。

部屋に戻ってテレビをつけたところ、春高バレ-映像が流れ始めましたので、地元雄物川高校(宇佐美パパ監督でしたっけ)の試合をついつい見てしまいました。男子バレーの二段トスというのはなぜああも安定してるんでしょうねえ。筋力?雄物川の勝利を見届けたものの、さすがにその後の女子(秋田北)の試合までは持たず、就寝。

 

2009年2月21日

うれしーの

今回、佐賀遠征決定にあたり、一度行ってみたかった嬉野温泉に泊まることにしたんですが、いちおう聞いてみたわけですよ、母に。

「・・・一緒に行く?」

断ることはまずないと分かってましたけどね、そんなこんなで親孝行の?旅となりました。とはいえバレーには興味ないヒトですから、博多駅のすし屋で一旦別れて現地合流することに。なにもつきっきりでいる必要はありませんし、そもそも大学で上京するまでは福岡で育った人なんですからね。天神で遊ぶもよし、早目に嬉野入りするも良し、どうぞご自由にということです(どこが親孝行)。

前もって佐賀~嬉野温泉のルートは下調べしてあったのですが、試合がフルセットで長引いてしまったため、予定をいくつかキャンセルし、タクシーで佐賀駅に向かう羽目になりました。意外と遠いのね、嬉野。

武雄温泉でバスに乗り込み、揺られること30分ほどで嬉野温泉に到着しました。さて旅館はどこかな?と見渡せば、迎えに来た母の姿が目に入りました。もう温泉に入ったん?と聞けば、部屋の内風呂に入ったとのこと。そーいや蛇口から温泉が出るって書いてありましたっけか。どうせなら大浴場に行きゃいいのに・・・。温泉街を歩きながら酒屋でビールと日本酒を購入し(それが目的で迎えに来ていたと思われる)旅館へと向かいました。川の水がいかにも温泉っぽい色してますねえ。

旅館に到着し、部屋へ。今回は洋室ツインで予約していたのですが、入ってビックリ。わー広いねえ・・・「内湯も広いんよ」

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これは確かに内湯に入りたくもなりますなあ。
しかし私はやはり大浴場へ。夕食までに急ぎひとっ風呂浴びてまいりました。もーヌルヌルですわ、お湯が。美肌系のお湯ですね。さほど広くはないけれど、熱さも実に良い感じ。ふほーっ。

呆けた頭で大広間へと向かいました。お客に対してお給仕さんたちが少なかったこともあり、ちょっと料理が遅れ気味の夕食でしたけど、熱いものが熱く、ほどよい量で出てくることって少ないんですよね。味も良かったし、大満足でした。ふきのとうの天ぷらが美味しかったなー。あ、佐賀牛も。

いいとこですね、嬉野。明日は名産のお茶を買って帰りましょう。

 

2009年2月 8日

闇旅

今回の旅程を考えた時、本日朝の観光候補は二つありました。

1、バスに乗って妻籠&馬籠
2、恵那駅から明知鉄道

どちらも魅力的だったのですが、時間的に明知鉄道で昼食コースは無理です。となればやはり妻籠&馬籠。こちらもずっと、それこそ中学生の頃から行ってみたかったのですよ。何年越しやねんという話ですが、こちらも両方行く時間を割くのは難しかったので、今回は中津川から直行バスの出ている馬籠へ行くことにしました。

ホテルの朝食をさっさか済ませ、急ぎバスに乗り込み、すーっと発車したバスはどんどこと山を登ります。思った以上に山中といいますか、山奥にあるんですね。今年は暖冬ですから雪がありませんが、いつもはおそろしく雪深いのでしょうし、そりゃ平安時代はもちろん江戸時代も情報が入るのは遅れたことでしょうねえ。実は今回馬籠に行くにあたり、馬籠出身の作家島崎藤村の歴史小説「夜明け前」を慌てて読み始めたところなんですが、維新前夜の若者が、米もなかなか作れない、木曽の樹木だけが頼りのこの地で暮らすということは相当厳しいものがあったのだろうなということは容易に想像がつきました。

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江戸情緒を売りにする妻籠とちがい、馬籠は藤村を前面に押し出した観光地ですから、もっと作品を読み込んでいたら、より面白かっただろうなあと藤村記念館でつくづくと思わされました。何しろ藤村といえば、教科書に載っていた詩歌の類いしか知らなかったもんですからね、(竹久)夢二さんとカップリングで浪漫派志向の強い人ってなイメージだったのですよ。

ちゃうやん!

いや、詩歌の言葉は震えるほど素晴らしいんですよ。どこからそんな言葉が湧いてくるのかしらというほどにね。展示物を見れば「人生是教訓」を地で行くような、それこそ地に足めり込むような生涯。しかし、その一方で破滅的な行為にも走っておられるわけで、なんなんでしょうね、これは。よくいえば業、悪く言えば・・・。多数の展示物に張り付いていたら、なんだかグッタリしてしまい、唯一おもわず笑ってしまった「藤村いろはかるた(絵:岡本一平)」も現金の持ち合わせが少なかったこともあり(またか)、何も買わずに出てきてしまいました。

ただ、これは全国偉人記念館巡りをするたびに痛感させられ続けていることなのですが、昔の人というのはとかくキチガイのように勉強しておられるんですよね。娯楽の手段やらなにやら今とは時代が違うとはいえ、やっぱり凄いことだなあと。それはもうクラクラするほどに毎度毎度打ちのめされてしまいます。

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藤村先生(=島崎春樹)のお墓もお参り

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展望台から見た山々、いつもだったら雪に覆われているのでしょうね。

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町のあちこちを雪解け水?が流れており、昔から火事が絶えなかった事もあってか(坂道だらけなので、消火が大変だったのでしょう)、各家庭に防水槽がありました。

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手前に牛蒡の束が

美しい町並みを目にしながらも、どことなく憂鬱な気分が晴れないままバスに乗り、中津川に戻ってきました。

郵便局で現金を下ろし、栗きんとん「すや」の前も素通りし、駅前の蕎麦屋さんへ。
昨年も入った店(の本店)ですが、研修中という名札をつけた女性はどうやら中国の方らしく、さほど客がいるというわけでもないお店なのに、こんな田舎でこれまたどういう事情なのだか・・・。お蕎麦は変わらず美味しかったです。蕎麦湯でお腹がタポタポになりながら駅へと向かいました。

 

2009年1月11日

旅めも

米子からの帰りもまた車に便乗させていただくことに。
しばらく走っていると、目の前にとある文字(ひらがな)が目に入りました。

「むきぱんだ」

・・・剥きパンダ?
(文字の下に小さな動物の絵が描かれていた)
因幡の白ウサギはたしか皮を剥かれてたよな・・・
(その動物の絵が赤色だったもので)

よく見ると、「むきぱんだ」の下に小さな「遺跡」という文字が目に入りました。
剥きパンダ遺跡!
ますます謎ですが、明らかに変です。もう一度目を凝らしてみますと、「むきばんだ」と書かれておりました。「パンダ」じゃなく「ばんだ」だったのね。紛らわしい。
(どうやらこういう遺跡のようで、妻木晩田と書くんですね)

荒れた日本海沿いの、とある道の駅にて早めの夕食を摂りました。

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刺身盛り合わせ

妙にもっちりとした歯ざわりの刺身が美味しかったですわ。ちょっとサワラっぽかったけど、何だろう。

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地元名産モサエビ丼

エビを剥く手間だけでも脱帽ですが、折り重なるようにエビが詰まれており、最後は食べるのが苦しかったほどの量でした。いやー美味しかった美味しかったよ!
帰り際に太ったスルメイカを2杯購入。これで400円は安過ぎます。帰ったら塩辛にしよう。

*****

鳥取からの道中の温度表示はほぼ常にマイナスだったのですが、智頭線沿いの道を下るに当たっては道路が凍結気味で、いやー怖かったです。某DVDの音声効果もあいまって、思わず小騒ぎしてしまいました。すいません。
一息ついて物凄くきれいな山の稜線と美しいお月様とのカップリングを眺めながら、これが夏ならねぇとしみじみ。宮本武蔵生誕地?智頭急行にも一度乗ってみなきゃなー。

さ、高速に入ればまっしぐら。長旅おつかれさま&ありがとーございました。

早く肋骨やらなにやらを治さなければ。

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